博士の愛した数式

博士の愛した数式 [DVD]

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<ネタバレ注意>


名著「博士の愛した数式/小川洋子」の映画化作品。80分しか記憶が続かない数学者の"博士"と"家政婦"、その息子の"ルート"との触れ合いを描いた物語。

この物語のキモはズバリ博士のキャラクターにある。一見していかにもとっつきにくく、しかも記憶が続かないという博士。いくら言葉を交わそうが、時間が立てばすっかり忘れられる。何度同じことを言っても覚えてもらえないし、いつも同じ質問をされる。現実にこんな人がいたら、きっとコミュニケーションは成し得ないだろう。しかし観客は深津絵里演じる家政婦を通して、博士の語る深遠な数学の魅力の一端に触れる。

「キミの足のサイズはいくつかね」
「24です」
「素晴らしい、4の回乗だ。実に潔い数字だ」

無機質な数字の羅列の中には意味があること。例えば220と284は互いに惹かれあう友愛数であること。江夏の背番号28が完全数であること。数学を教えるときの博士の懐はそれは深く、どんなにピントの外れた質問や回答も上手に優しく受け止める。絶対に否定などしない。学生時代こんな先生に教わっていたら!とは、誰もが思ったのではないだろうか。もっと博士と話がしたい。だから何度同じ質問をされても、何度でも答えてあげたい、そんな気になれるのだ。

「キミの足のサイズはいくつかね」
「24です!4の回乗です!」


また、博士は無類の子供好きでもあり、家政婦の息子ルートには無条件に愛情を注ぐ。

「これは賢そうな頭だ。脳が一杯詰まってそうだな。ルート記号のようだ。キミはこれからルートだよ」

頭のてっぺんが平らだから√、ルートなのだ。身体的特徴を指して年頃の子供にこんなあだ名をつけたらトラウマものである。しかし博士の罪の無いやさしい語り口はルートにルートであることを抵抗無く受け入れさせてしまう。そしてこのやりとりもまた、毎日続くこととなるのだ。何度ルートと言葉を交わし、何度ルートのことを忘れても、次の日には博士は相変わらずルートの頭をなで、同じ言葉をかけ、優しく接するのだ。こうして我々は家政婦とルートを通して愛すべき博士の真の人柄に触れ、80分という限られた記憶の中でただ大好きな数学と戯れる博士の切なくも幸せな姿に引き込まれていく。

雲雀の鳴く春の小道を走る自転車、満開の桜、蒲公英の綿毛、情感たっぷりの音楽に乗せて差し挟まれるシーンはノスタルジックで癒される。博士演じる寺尾聡はなかなかのはまり役で、家政婦を扮する深津絵里の演技も主張が過ぎず自然である。数学教師になったルートを役の吉岡秀隆の授業もまずまず堂に入っている。最後が唐突な感があるが、総じて楽しめる作品と言えるだろう。見終わった後はほんわかとした気分にさせられる映画だ。


・・・ただし、ここまでは映画のみを見た場合の感想だ。もともと原作を読んでいた身としては、この監督がどこまで原作を読み込んで作ったのかが疑問である。てなわけで、以下原作との比較レビュー。